3.11に思うこと

こんにちは。今日は東日本大震災から11年。

それに関してここ数年思うことがあるので、それをシェアしたい。

私は、震災の日、小学6年生だった。岩手県にいた。卒業式を間近に控え、ちょうど体育館で卒業式の練習をしている時だった。広い体育館にいたから、大きな揺れに震えながらもそこまで甚大な被害があるとは思ってもいなかった。

校庭で親の迎えを待ちながら、「地割れするのかな」とか、「地震大きかったね」とか、小学生だったからなのかちゃんと現状を理解できていなかった。家に帰って少し大きい地震だったんだということが分かった。食器棚の食器がガラガラと床に落ち、勉強机の物は全部床に落ちていた。そして、水道、電気、ガスが止まっていることにようやく気付いた。

私が住んでいたところは幸い3日ほどの停電と断水で済んだ。でも近所のスーパーは日持ちする食品や避難道具?はすぐに売り切れていたため、混乱していた。

そしてTVを見た時に沿岸部の被害や福島の原発について知った。

「あ、こんなに大きい地震だったんだ」

でも、その時私は何もできなかった。しいて言うならランドセルを沿岸の人に寄付したくらい。

中学に入って、沿岸部でのボランティア活動もあったが一度も行かなかった。なんだか震災が自分の中で遠い存在のように感じてしまったからだ。そして、一緒に行く人がいなかった(友達いないだけ?w)でも、この時は誰かと一緒にいること、合わせないと、また1人になるとしか思っていなくて何も行動できなかった。

しばらく時間が経って大学生。岩手出身なのっていったとき、震災とか大丈夫だった?とか、沿岸の地域ってどうなの?って聞かれたことがある。自分の状況は話せるけど、その時、あれ?自分って出身地のこと何も知らないじゃんって思った。

でもその時なにも行動できず、SWYに参加した時に南部鉄器を紹介したくらい。どんな工程でどういう風に作られたかを実際に、南部鉄器を作る会社にアポ取って、協賛いただいて。でもそれをちゃんとSWYerに紹介できたかというと、全然そうじゃない。結局自分はチャンスをつかんで行動に移せなかったんだなあと思った。

そんなこんなしていてあっという間に大学生活が終わる。去年の今日、ちょうど富山に旅行に行っていた。震災の時間、モニター見ながら黙とうすることくらいしかできなかった。でも、今思うのは、だいぶ時間たっちゃったけど、10年後にやっと震災についてちょっとだけ考えることが出来たんじゃないかなということ。

だから11年目の今日は、震災のニュースを読むことにする。

この前、こゆに「震災大丈夫だったの?」と聞かれてなにも答えられなかった。この機会はn回目。ああ、自分って全然何も知らないじゃん!こんな思いはもうしたくないから。

そして、これからのブレイクるとして、ちゃんと現地を訪問すること。沿岸部とか福島とか、ちゃんと自分の目で見て、感じたことを発信したい。

1人じゃなかなか行動できないので、セカダイのだれか、一緒に行きませんか?

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