今日は何の日か、知っていますか?

たろうです☺️

2021年12月10日。

皆さんは

今日が”何の日”か知っていますか?

答えは、、、

世界人権の日

1948年12月10日、第3回国際連合総会で採択されたこ「世界人権宣言」。

それを記念して、1950年の第5回国際連合総会において、毎年12月10日に記念行事を行うことが決議されました。

日本でも、この日を含む形で直前の1週間(4日から10日まで)が「人権週間」に、直後の1週間(10日から16日まで)が「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」に指定されています。

英語表記で、

【World Human Rights Day】

日本では、

【世界人権の日、人権の日】

とも呼ばれています。

世界人権宣言とは?

世界人権宣言とは 、

「あらゆる人が誰にも侵されることのない人間としての権利を生まれながらに持っている」

と表明したもの。

その権利を、誰でも、どこでも、いつでも享受できるために、すべての国、すべての人が守らなければならない、最低限の基準としての全三十条。

世界人権宣言には法的な拘束力はなく、守らなくても罰則があるわけではありません。そこで、国際的なルールによって世界人権宣言の理想を現実のものにしようと、多くの人権条約が生み出されました。

国際人権規約をはじめとする人権条約は、人権侵害を受けてきた人びとの権利を守るため、性別や肌の色による差別や拷問・虐待などの、具体的な人権侵害を禁止しています。

世界人権宣言ができるまで

近代的な人権宣言は、18世紀末の近代市民革命とともに誕生しました。

フランス人権宣言(1789年)はその代表例。

それらの影響を受けて、19世紀から20世紀前半にかけてヨーロッパや米国で人権宣言を含む憲法がつくられました。しかし、そうした宣言は、実際には一握りの人びとの権利を保障するものに過ぎませんでした。

ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺、日本によるアジアの国ぐにへの侵略、米国による広島・長崎への原爆投下…。 20世紀に入っても、人権はふみにじられ、多くの人びとが命を奪われました。

第2次世界大戦が終わると、その反省から国際連合がつくられました。

そこで、各国の代表者たちは、人権侵害を各国の国内問題として放置することが虐殺や戦争につながったことを認めました。

そして、世界の平和を実現するためには、世界各国が協力して人権を守る努力をしなければならないということが、 世界人権宣言によって明らかに示されました。

そもそも人権ってなに?

「すべての人々が生命と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利」

あるいは

「人間が人間らしく生きる権利で、生まれながらに持っている権利」

だれにとっても大切なものであり、日常の思いやりの心によって守られなければならないもの。

子どもに対しては、「命を大切にすること」、「みんなと仲良くすること」が人権を守ることになると話しています。

しかし、現実には保護者から虐待されて命を落とす子どもや、パートナーからの暴力によって心身に深い傷を負う女性がいたり、

高齢であるから、障害があるから、同和関係者だから、外国人だから、ということでいわれのない差別を受けることもあります。

高度情報化社会の進展によって、インターネットを通じたプライバシー侵害や名誉毀損なども発生しており、社会の情報化、高齢化、少子化が進展し、人権はますます重要になってきています。

日本における権利

日本国憲法には国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三つの原則があります。

「国民主権」

国の政治のあり方を国民が決めること。18歳以上のすべての国民が選挙権を持っていて、投票する事で政治に対する意見を示すことができる。

「基本的人権の尊重」

国民だれもが人間らしく生きる権利をもつこと。「基本的人権」は一人ひとりが生まれながらもっています。全ての人が自分らしく生きられるよう、年齢や性別、障害のあるなしに関わらず、健康で文化的なくらしを送ることができる。

「平和主義」

日本は過去に戦争をし、多くの尊い命を失いました。悲惨な戦争を二度と繰り返さないという強い決意のもとに平和主義の原則は掲げられる。

改めて、人権に対して想うこと

こうやって憲法で定められていても、毎日誰かが誰かを無為に批判をしたり、自分には価値がないからと劣悪な扱いを享受したり。

平等にある権利といっても、実際には生まれる国や育つ環境、身体的/精神的なハンデなど、その時代時代によっても異なりますが、全員が同じ存在であって、全員が尊重されるべきであるという考えを持つのは難しいと思っていて。

「違いを受け入れること」

「自分の価値に気付くこと」

「否定・批判・比較ではなく、肯定・承認・応援される経験を多く積むこと」

どれだけの人がその事の大切さに気づける環境にいるのかも分からない。でも、余裕があるからこそ、他人の事を推し量ることが出来る。それは紛れもない事実だと思っていて。

日々生きる中で、

「自分が幸せだと感じる時間や場所を増やす」

「素の自分でいられる時間や場所を増やす」

「等身大の自分を受け入れてくれる他者の存在」

「自分と違う価値観や生き方、考え方に触れる」

一つ一つを、実際に身をもって体験する。

一つ一つの出来事に対して、自分がどう感じているのか?をありありと感じる。

そうしていくことで、自分がいたい場所/関わりたい人/在りたい姿が見えてくるように想う。

そして、体験した人は、まだ体験できてない人にその機会を提供する。

そうやって、次へ次へ繋いでいって1人また1人って、苦しみから解放される人達を増やしていく。

本当に小さいことかもしれないけど、

「ありがとう。」

「素晴らしいね。」

「信じてるし、応援してる。」

そんな言葉が誰かを救う

キッカケになるかもしれないと想うと

今からでも出来ることをしていこうと決めた。

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