ヒトミシリ

前は、キノコの中でしめじだけ食べれないっていうのが同じ人がいて。

今度は先週のたびるで、今好きな食べ物がエノキっていうのが同じ人がいて。

キノコ同盟が増えています。さぼです。

はじまり

自分は自分のことが嫌いだ。

その中でも最近は人見知りの自分がものすごく嫌いだ。

人見知りの自分は。

初対面の時、挨拶できていれば上出来。

ほとんどの人とは目すら合わせないなんてことも多い。

稀に初対面でも話せる人がいるけど。

今まで、人見知りで良かったって思ったことは一つもなくて。

人見知りだったことで悔しかったり、後悔したことがいっぱいある。

最近も、人見知りだったことで周りに気を遣わせてしまったかもしれないってことがあって。

ずっと引きずっている。

それで、人見知りを頑張って直すべきなのか、個性としてそのままでいるべきか考えていた。

考えている時に思ったことがあって。

人見知りは自分を守る武器なのかもしれないって思った。

他の人の心はわからないけど。

なんとなく自分はメンタルが弱い気がしていて。

特に自分が傷つくことが怖い。

特に自分が大切にしたいと思ってる人を失うことが怖い。

だから、人見知りという理由をつけて。時間をかけてみんなを観察して。

自分と波長が合うか。

相手に興味を持てるか。

自分が相手を大切にできるか。

相手が自分を大切にしてくれそうか。

どうかを感じているのかもしれない。

もし、自分が人見知りじゃなかったら。

もっとたくさんの人と繋がれていたかもしれない。

もっとたくさんの面白いことをできていたのかもしれない。

でも、

その分きっとたくさん傷ついてしまっていたかもしれない。

その分きっとたくさんの大切にしたいと思う人を失っていたのかもしれない。

自分は自分のままでいれていなかったのかもしれない。

そう考えると。

自分にとって人見知りであることは。

すごく大切なことなのかもしれないと思った。

自分にとって人見知りであることは。

周りからしたら、表面だけ見たら、短所なのかもしれないけど、

自分にとっては長所なのかもしれないと思った。

だから、今の自分は。

人見知りを直すことよりも。

人見知りの自分のままでいられる環境を見つけることの方が大切で。

人見知りの自分を大切にしてくれる人を大切にすることの方が大切なのかもしれないと思った。

っていう、人見知りを直したいけど直さない自分を肯定したいっていう、

人見知りの自分が考えた無理矢理な理由でした。

おわり

自分には他にも、自分が嫌いな特徴がたくさんある。直したい特徴がたくさんある。

でも、その特徴も自分にとっては大切なパーツの一つなのかもしれないって思ったら。

少しは自分の嫌いなところが少なくなるのかもしれない。

自分の嫌いなところが少なくなったら、少しは自分のことが好きになれるのかもしれない。

いつか自分のこと、好きになれたらいいな。

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