僕の考える「This is セカダイ」

セカダイの存在意義

今回のたびる淡路島を通して感じて考えた、

「セカダイが何のために存在し、セカダイに入ってきた冒険者がどんなことを得られるのか。」

自分なりに考えてみた。

出た答えから言うと、

ズバリ、

『冒険者の未来を切り開いていくことのできる場所』

なぜそんな結論が出たのか。

一つは、

  • オンラインの重要性

仲間とは普段会うことができない。日本全国に散らばっているし、時には海外にいる人もいる。

しかし、
僕たちはオンラインで常に繋がることができている。全体としてはSlackを用いてコミュニケーションを欠かさない。個人間でもInstagramのストーリーを見たり、DMで話したりする。

カリキュラムの中では、
プラグるで、様々なテーマで講義を受け、新しい生き方を学び、情報を掴み得る。
シェアるで、お互いの価値観をぶつけ合い、受け入れ合い、新しいアイデアを見つける。
これが毎週決まった曜日時間に行われている。

オンライン上でのこのようにオンとオフのメリハリができていることはそう簡単なことではないのかなと思っている。

でも、セカダイはそういうことが気付かぬうちに自然とできていて、学びの環境が充実しているから、常に仲間と繋がっていられる気がする。

まとまってない気もするけど、普段会えない仲間とオンラインでここまでのレベルで繋がることができるのは本当に簡単じゃない。また、このオンラインの繋がりがあるからこそ、みんなで旅する時の特別さは計り知れない。

それが次の、

  • 旅をして語ることの大切さ

これは4回目で初めて最初から最後までたびるに参加して感じたこと。

普段は会えない仲間と旅ができる月一回の機会。自分へのご褒美のような時間。
そんな特別なひと時。

オフラインだからこそできる一緒に飲食を共にしたり、ドライブに行ったりすること。

その時間はかけがえのない時間。その時間を通してお互いを知ることができるし、その時間のために旅をしているような感覚になる。

セカダイはなにか一つのものを作り上げる場所ではなく、
「わたしをつくる。冒険」をコンセプトに掲げているように、カリキュラムを通してそれぞれが輝ける場所を見つけていく場所。

たびるを通してそれを強く実感することができる。

みんなが頑張っていることはそれぞれで、送っている日常は全然違う。
それを受け入れあい、応援しあう。セカダイはそれが自然とできる環境である。

翌朝睡眠不足になるほど夜通し語って、一緒に悩んだり、泣いたり。
それは、同じ時間を共にし、肌の熱を直接感じないとできないことでもある。

それぞれ普段頑張っていることがあるからこそ生み出すことのできると感じた。

バックグラウンドが全く違うからこそ、素敵な空間が創造される。

僕はセカダイの存在意義を、
『冒険者の未来を切り開いていくことのできる場所』
と定義した。

自分自身に置き換えると、
「自分の将来に関して言語化できる場所」

大学3年生でちょうど就活にも取り組んでいる時期。
自分の将来に真剣に向き合う時にセカダイというものに出会えた。

新しい価値観を発見し、アップデートしていくことができる。
語り合うことは、自分の意見や想いを発言するということ。
つまりそれは、自然とアウトプットすることになる。

そうすると、勝手に自分の中でまとまるものが出てくる。

違う相手だけど自分は同じことを一貫して発言していく。
その繰り返しであるなと感じている。

これこそ、僕が思う旅の醍醐味でもある。

そして何より、そういった中で、
ブレイクる、挑戦できる環境があるということが幸せ。

セカダイの中でファーストアクションを起こすことができる。

未来を切り開く第一歩になる。

セカダイは、
オンラインとオフラインを掛け合わせた少人数だからこそ、インプットとアウトプットを繰り返すことができる環境だからこそ、挑戦を受け入れあう土壌があるからこそ、
冒険力を身につけることが実現可能なのだと感じた。

そしてなにより普段頑張っている、一生懸命取り組んでいるものがあるからこそのものだと。

これからも冒険は続く!!

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