はじめて、皆と話してみて。/たろう会

たろうです☺️

昨日は、世界一周大学校長のまさとさんの計らいで、12月までセカダイに全く参加出来なかった自分を知ってもらう機会を作ってもらいました。

きょんきょん、こうだい、なっちゃん、さぼ、かのんちゃん、あっちゃん、まさとさん

参加してくれて、本当に有り難う。

気づいたこと

自己紹介から始まり、質問に答えたり、逆に質問してみたり、お互いに探り探りの状態から始まった今回。

あくまで、たろうという人間がセカダイの中で存在しているということを知ってもらうことが一番の目的だったので

特に流れも決めずに始めたのだけれど、

自然と

「皆が辿り着きたい世界、達成したい地点」

みたいなものを聴く流れになって、一人一人の人間性を感じることができて。

やっぱり、皆それぞれ辿ってきた道が違うからこそ、多種多様な考えを持っていて、自分なりに試行錯誤しながら進んでいる感みたいなのをリアルに感じて

「あ、一人じゃないんだな」って改めて感じて

「この短い時間で、皆に対して何で貢献できるだろう」って1人1人の話を聴いて思ってました。

その中でも自分の今までの価値観、捉え方が変わったなって思うのは

「瞑想する」のも、素晴らしいけど

「迷走する」のも、素晴らしいってこと。

今まで自分自身も、あっちにフラフラ、こっちにフラフラと色んな場所で色んなことを体験してきたなかで、やっぱり「一本筋道立てて、努力してる人、進んでる人」が格好良く見えて、羨ましく思ってて。

それが出来てない自分を

ずっと責め続けてきていたなって。

ただ、みんなそれぞれの人生、それぞれのタイミングがあって。

自分の本音から目を逸らさずに、日々自分の感じることをありありと感じて行動してきた人は気付くのがやっぱり早い。

ただでさえ、今は世界中にありとあらゆる選択肢が転がっていて、そんな広大の砂漠の中から「自分」っていう小さな小さなダイヤを見つけるのって、本当に難しいことだと思うし骨が折れる。

偶然、すぐにダイヤを見つけられた人は、その時点で脇目も振らずに生きたい道を必死で歩んでいくだろうし、足元にあるダイヤに気付けずあちこちを探し回り続けて一生を終える人もいる。

そんな中で、大半の人たちは

小さい頃は、常に身につけていたであろう”ダイヤ”を、社会という広大な砂漠で生きていく中で見失って、手に持っていることすら気づけなくなったりする。

だから、、、

「迷走」もするし「瞑想」もする。

良い悪いとかなく、その現実があることを

昨日の会の中で認めた時に楽になった。

今まで、責め続けていた自分がフッと消えた感覚がした。それもこれも、参加してくれた人達のお陰だなって。このブログを書きながら、心の中で手を合わせる。

みんなへ

たろうは強くない。

今までの人生は、”逃げ”の連続で。

手に持っているダイヤにいつまでもいつまでも気付けずに、気づけば20代が終わろうとしてる。

だからこそ、、、

みんなにはそうなってほしくない。ダイヤを見つけて生きていけたら、どんなに苦しくても悲しくても、最後には笑って生きていけると思うから。

たろうは、そのお手伝いがしたい。

そして、そうやってみんなと関わっていく中で、たろう自身も自分の中にあるダイヤの輝きを増していきたいし、辛くても苦しくても、最後には笑って「全部、うまくいく」なんて言いながら、軽やかに生きていきたい。

遠くの綺麗な景色ばかり見てきたからこそ、今度は家族や友達、恋人、そして何より自分自身という「身近で大事な目の前の存在」に命を燃やしていきたい。

世界中なんて大きな括りじゃなくて、自分の両手で守り切れる範囲のもので良いから大事に出来る人間になれるように、自分の”ダイヤ”を信じて生きていきたい。

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