所詮肩書き、されど肩書き

プロカメラマン、辞める

去年の8月から(株)Lovegraphに所属をしてる。
Lovegrapherは私の高校生の頃からの夢だった。
7月に面接を経て研修生になり、旅をしながら1ヶ月以内で合格をもらった時は本当に嬉しかった。

「今日からあなたはプロのカメラマンです。」
そう言われた。

「プロのカメラマンか。
今までは趣味で写真を撮ってきたけれど、今日からお金をいただいて写真を撮るようになるんだ。」
嬉しい反面、どこか違和感が残ってたのは本音。

研修生になる前、「プロのカメラマンと趣味で撮影するのでは何が違いますか?」
って聞かれた。
「お金をいただくかいただかないかですかね」
「その通りです」
お金をいただいて写真を撮る、失敗は許されない。
仕事なのだから。

そうして半年プロのカメラマンって名乗ってきた。
もちろん覚悟もあったし、やる気もあった。
だけどやはり少し違和感もあった。

写真を撮ることも今まで以上に構えて撮るようになったし、決められた枠に当てはめないとって構図を気にしたり、設定を気にしたりやっぱり今までの自分と変わった。

料理愛好家

最近読んでる本、その本の中に平野レミさんが登場した。
彼女の肩書きは料理家でもなく、料理研究家でもない。
「料理愛好家」
平野さんらしい肩書きと、愛着もあるし、堅苦しくもない。

読みながら「素直にこれだあああ!」って思った。
肩書きって所詮肩書きだけれど、されど肩書き。

「これを知るものはこれを好むものに如かず、これを好むものはこれを楽しむものに如かず」
(ただ知っているだけの人は、それが好きな人には敵わない。好きな人も、それを楽しんでいる人には敵わない)
ー孔子

好きこそ物の上手なれ。

楽しんでいる人が一番強いんだ!
確かに写真を撮ることが楽しくて仕方なかった高校生の頃の自分に今の自分は勝てる自信がない。

料理を研究するのではなく、「愛好」する。
いつみても平野レミさんはとても楽しそうだもんな。

写真愛好家

「そうだ、写真愛好家だ」
「写真愛好家」だ・・・!

私は純粋に写真を撮ることが好きでここまで生きてきた。
(考えすぎなのかもしれないけれど)
そうだよ撮影してきた枚数が、確かに今の私を物語っているのだから。

私が写真を撮る理由は写真を撮ることが好きだからただ写真を撮るだけ。
私の価値を理解してくれて、お金を払ってまで「お金を払うから撮って欲しい」って言ってくれる、そんな方がいるだけでももちろん嬉しい。
だけどそれよりも、「あなたの写真が好きだから撮ってほしい」「あなたの写真に心動かされた。温かい気持ちになれた」
その声掛けの方が100倍嬉しい。

「今日からプロのカメラマンなのだから、家族や大切な友人でさえもお金をもらって写真を撮りなさい」
って言われたのがどうにも違和感すぎたここ半年。
その言葉を聞いて素直な気持ちは「プロカメラマンって大変だなぁ」

写真愛好会

高校生の頃、携帯すら持ち込み禁止だった高校、部員をかき集めて先生たちを説得してまで写真部を立ち上げた。
あの当時は写真を撮りたくてたまらなかったし、毎週末野球の写真を撮りに行くのが楽しみで仕方なかった。

実はその当時「写真部」ではなく、「写真愛好会」だったんだよね。
高校生の私がやっとこさ立ち上げた私の居場所。
写真甲子園を必死に目指してた。

私はあの頃写真を愛好してた。
楽しんでた。
1日数千枚写真を撮ってた。

あの純粋さには今の自分は敵わない。
写真に対する見方も変わっているんだから。

「初心に戻るという気持ち」と「純粋に今までのように写真を楽しみたい愛好したい」という気持ちも含めて。
好きなものは嫌いになりたくないし、好きなままで楽しみたい!!

所詮肩書き、されど肩書き
私の原点である「写真愛好(会)」
名前を借りて。

今日からの肩書きは
「写真愛好家」

やっとしっくりきてる!!!!!!

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