第二回プラグる【奇祭ハンター 平船 智世子さん】編と、シェアるを経て

第二回プラグる「平船 智世子さん編」と、シェアるを経て。

第二回プラグる【奇祭ハンター 平船 智世子さんのお話】を、お伺いしました。

その後、シェアるにて、

①日本人のよいところと、そうでないところ。

②セカダイでルールや祭をつくるなら

を経て、ブログをまとめてみました。

幹事のサウジアラビアのみんな、ありがとうございました。

また、今回のブログは、ブレイクルームで一緒だった、れんれんがシェアるで発言してくれた、好きなことや住んでいるところを紹介する試みを参考にさせて頂きました。

冒頭の絵は、幼い頃に体験した遷宮の白石曳きがモチーフだと思います。

まつり博・三重94開催の際、絵画コンクールで特選を頂いた作品です。

祭と聞き、思い浮かべる日本人の文化。

祭と聞くと、故郷の三重県伊勢市を思い浮かべます。

「(伊勢)神宮」があることで知られています。

祭といえば、ほとんどの方はお神輿を担いだり、特別な神事をしたりする様子を思い浮かべると思います。

しかし、神宮のまちで育った私にとって、お祭りは毎日行われるものという認識です。

神宮では年間約1500のお祭りがあります。

朝夕の2回、神様にお食事「御饌(みけ)」をお供えすることも、お祭りのひとつです。

日本人の食や農を大切にする文化のあらわれです。

日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけまつり)の様子。神宮HPより。
神宮に奉納する特別なお米「瑞垣(みずかき)」を植えるために田おこしをする筆者。伊勢の友人の田んぼにて。

もうひとつ神宮の行事についてご紹介します。

神宮では20年ごとに「式年遷宮(せんぐう)」が行われます。

持統天皇の発案以降、1300年に亘り続き、前回の平成25年は62回目でした。

遷宮は、ひとことで言えば神様のお引越しで、このタイミングで社殿が新造されます。

9年の歳月をかけ行われました。

遷宮最終盤の御神楽の様子。神宮HPより。

この行事のために、200年の先を見据えて新造のための檜の植林の計画が立てられ、また古い建材は再利用されます。

この遷宮の目的のひとつに「技術の伝承」が込められています。

日本の建築技術を伝承するために、全国から幅広い世代の宮大工や船大工が集います。

代々船大工だった私の家でも、祖父をはじめご先祖様は、宇治橋の建造に、またほかの家族もそれぞれの行事に参加していました。

このような日本人ならではのよい文化が、私の故郷には根付いています。

御正殿 上棟祭の様子。神宮HPより。
代々、船大工が携わっていた宇治橋の建造。釘は使わない。渡始式の直前の様子。神宮HPより。
前々回の遷宮。白石曳きの準備中か。

対して、残念に思うところ。

私の仕事である海運の世界も、宮大工や船大工のように技術の伝承がとても大切にされてきました。

帆船による練習船実習は世界でも稀です。

しかし、85年のプラザ合意による円高から日本の海運会社は競争力を失い、日本人を根こそぎ肩たたきし、当時、格安の賃金で余剰であればいつでも切れる東南アジアの雇用・養成を推進しました。

外国航路の日本人がほぼ全て外国人に置き換わり、わずかに残った海上社員は陸に上がり管理の仕事をするようになりました。

結果、日本人のクルーが極端に減少したことで、あつれきが生まれたり、この道を志す人が著しく減少したりしました。

そして、現在はというと、どこも人手不足を訴えています。

同期のシオンコイシを目指して

シェアるののち、翌未明の03時に起床。

大分県佐賀関沖にて外国船を迎えます。

福山まで、しまなみ海道のある来島海峡を経由する10時間およぶ嚮導(きょうどう、操船指揮)の始まり。

シェアるでの、シオンコイシのお話を思い出し、きょうの船では「全力でクルーに喜んでもらおう」と、ひとり明るく気合いを入れました

1on1でもとても明るく私に興味を以て接してくれた彼女。

きょうという日を、クルーとお互いに思い出に残る一日になるように、シオンになりきってみようと思いました。

私は船に赴く際、珈琲のドリップパックを鞄に忍ばせていきます。

自分で飲むためなのですが、今回は比国人クルーに振る舞ってみました。

多くを占める東南アジア系のクルーの船ではインスタントがほとんどなので、

“Fresh Coffee!”、“Starbucks on board!”と喜んで頂きました。

また「世界で唯一、クルーに珈琲を振る舞うパイロットだ」と言って頂きました。

毎回初めての船ではチームづくりが欠かせません。

気難しい表情で佇んだり、威圧するような声で指揮するのではなく、難所の前に笑顔で自ら珈琲を淹れてアイスブレイク。

改めてブリーフィングを行い、定刻で船を進めるための協力を求め、質問には丁寧に答えました。

これで、いざというときに素早く回復のための指揮がとれそうです。

その後、定刻で福山に安着し、お互いを労い、笑顔で下船することができました。

少しは、シオンコイシに近づけたかな?

引き続き喜んでもらえるよう励みます。

10時間かけて福山に安着した後、笑顔でお互いを労う。クルーのSNS画像より。

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