“こころに秘めた夢を叶える旅” ご挨拶 吉川 貴人

生い立ちと、夢。

改めまして、自己紹介をさせて頂きます。

吉川 貴人 よっしー、36歳です。

現在は神戸市に家庭を築いています。

妻と、16日に一歳を迎える息子、そして鳥5羽の家族です。

生い立ちを振り返ります。

1986年(昭和61年)2月4日 立春の日、三重県の伊勢市に生まれました。

船大工であり、小さいながらも造船所を興した曾祖父の生まれ変わりだそうです。

“鳥羽港にて、移民船ぶらじる丸の前で父と母と”

幼少時は身体が弱く、入退院を繰り返していました。

小学生のときは、伊勢湾を見渡すことのできる窓からいつも海を眺めていました。

私は中学生になり、夢をもちました。

「外国航路の大きな船の船長になる!」

両親親戚の反対を押し、願書は一校のみと覚悟を決めて国立商船高専に進学。

在学した5年半は、勉強と部活(カッター部)に打ち込み、いつも寝不足でした。

はじめての海外は帆船で冬の北太平洋を越えてハワイへ、成人式も船上でした。

“2006年2月4日 20歳の誕生日にハワイ沖にて成人式”

想像を超える荒波を越えた先は、紺碧の穏やかな海と満天の星空が迎えてくれました。

深夜の当直で、赤くあふれる熔岩を水平線の先に認めたとき、「Land fall(陸地視認)!!」と夢中で叫びました。

無事に卒業し、海運会社に入社。

中東航路のエネルギー輸送を皮切りに、各航路に携わりました。

客船では世界青年の船の際、三等航海士としてお客様に星座教室をしたことがあります。

28歳のとき、豪州および南米航路で一等航海士を執り、船長免状を取得しました。

過去40年、実務職で船乗りほど働き方の変化に翻弄された仕事はないかもしれません。

この道を志したからこそ経験できた素晴らしいこともあれば、

時流の荒波にただ忍耐するよりほかない歳月もありました。

ときに厳しかった過去を思い出すこともありますが、

船上にて笑顔で仕事ができているいま、

「大丈夫、きちんと夢は叶えられている」

と同期や妻から励まされています。

“火力発電の要、外航LNGタンカーの内地到着”

もうひとつの、こころに秘めた夢。

セカダイを志望したきっかけについてお話するまえに、お話したいことがあります。

実は、私には、こころに秘めた夢があります。

それは「絵描きになる」ことです。

この夢は中学生の頃に、ふと感じて以来、すっかり忘れていた夢です。

同じ時期に抱いた船乗りへの情熱が強すぎたのだと思います。

10年前の26歳の夏に思い出しました。

経緯については、次回以降のブログに綴ろうと思います。

「世代をこえて世界とつながる絵描きになりたい」と思いました。

中学生以来、絵筆を取ったことがなかったので、この夢に気づいたときは動揺しました。

そこで、気持ちを落ち着かせるために、ひとまず絵描きになる夢は夢としました。

旅先で美術館を訪ねたり、憧れた画家について読書をすることをひとつの趣味としました。

しかし、その数年後に「絵描きになりたい」という思いは、ふたたび湧きあがります。

それは、会社から陸上勤務を命じられたことに端を発します。

陸上勤務になるということは外国航路を離れることを意味します。

もっと自由に、世界とつながる術を身につけたい。

その後、2年半をかけパイロットの養成を受け、神戸に定住することになりました。

広い外洋を航海する船長が知りえない、瀬戸内海の狭く複雑な海域の航法や法律、

また、タグボートを駆使した離着岸操船を究めることになります。

日ごろから外国航路を離れるさみしさを感じていましたが、仕事は充実していました。

一期一会の外国船のクルーと心通わせる場面もたくさんありました。

そこで感じたことがあります。

「仕事の事情に左右されず、もっと自由に世界中で旅をし、友達ができたらいいのにな。」

例えば自身の好きなこと、一枚の絵や一冊の絵本などの作品をとおして、

世界中に友達ができたなら、楽しい生涯だろうなと思いました。

その気持ちに気づいたときに、改めて絵描きになろうと思いました。

その頃、ご縁があって絵画教室に通うようになり、少しずつ絵を描くようになりました。

セカダイとの出会い、そして入学。

校長のSNSでセカダイを知ったとき、「まーくん進化するんだ」と思いました。

校長とはちょうど5年前のきょう、屋久島で知り合いました。

最初の一期生については、U30と記載されていたため、気にはなったものの、応募を考えることはありませんでした。

その後、二期生の募集がはじまったとき、

30代も応募枠があることを知り、

相当の年長であることを承知で申込みました。

数日で募集定員を迎える人気ぶりだったため、募集要項の記載も、移動中に慌てて書いて送ったものでした。

今後は、クリエイティブなメンターの方々に学んだり、SNSの発信を学んだり、

同期から刺激を受けたり相談に乗ってもらったりしながら、世界とつながる術を学び、ゆっくりかもしれませんが、生涯をかけて夢を叶えてゆきたいと思います。

そして、そんな旅を2期同期と一緒に歩んでゆけたら嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。

“ホルムズ海峡を通過、インド洋の朝陽”
“喜望峰を通過し大西洋へ”

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